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2024.10.28

2024秋クレモナ出張レポートVol.3

(Vol.1 クレモナムジカ訪問 Vol.2 ヴァイオリン工房訪問 Vol.3 トリエンナーレ・ストラディヴァリ国際製作コンクール展示会)

【Vol.3 トリエンナーレ・ストラディヴァリ国際製作コンクール展示会】

この度のクレモナ出張のもう一つの目的、それが3年に一度開催される製作コンクールの開催と結果発表、出品作の展示会の見学でした。トリエンナーレ・アントニオ・ストラディヴァリ国際製作コンクール(正式名称はIl Concorso Triennale Internazionale di Liuteria Antonio Stradivari)は、ヴァイオリンの街クレモナにて3年に一度行われ、世界中から参加者が集まるという最大規模かつ最高の権威を誇るとされるヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの製作コンクールです。ヴァイオリンの誕生から 5 世紀、ストラディヴァリとグァルネリ・デル・ジェスの生誕から 300 年以上を経て、クレモナ・ポンキエリ劇場には 21 世紀の最高水準の弦楽器製作者たちが集まりその輝かしい栄冠を讃えられました。

今回で第 17 回目となった「トリエンナーレ」ヴァイオリン製作コンクールは、ユネスコの無形文化遺産に認定されているクレモナの古典的で歴史ある弦楽器製作の精神に則っり、国際的に製作のクオリティを比較しあうことで、さらなる発展を成すことを目的としています。今回も参加者は非常に多く、37 か国から 315 人ものプロの弦楽器製作者がエントリーし、401 もの楽器が審査となりました。トリエンナーレ国際製作コンクールは毎回このような大規模な参加者によって高い製作水準が保たれ、さらに製作者同士が刺激を与え合い磨かれているといえます。審査はクラフトマンとしての技術と品質、芸術性、音響性能の調和が重視され、現代ヴァイオリン製作の最高レベルの競い合いがますますのレベル向上に貢献していると言えるでしょう。

審査員は5 人の音楽家と、製作家らで構成されました。名匠ウルリッヒ・ヒンスベルガー (ドイツ)、マッシモ・ネグローニ (イタリア)、ベンジャミン・ルース (アメリカ)、エリサ・スクロラベッツァ (イタリア)、ガオ・トン・トン (中国) )、ヴァイオリニストのファブリツィオ・フォン・アルクス(イタリア/スイス)とダニエル・ルーベンシュタイン(ベルギー)、ヴィオラ奏者のアルベルト・サロモン(イタリア)、チェリストのダン・スロウツコフスキー(ロシア)、コントラバス奏者のミレラ・ヴェデヴァ・ルオー(ブルガリア)の面々。

毎回、審査員の構成、国籍、流派によっても審査結果が左右されているという声がはからずも出てきてしまいますが、審査員にとっても非常に難しい仕事です。一見すると単なる個人的な嗜好や満足度の評価に陥ってしまいがちなものを、客観的な芸術のパラメータに変換しなければなりません。これらは複雑な変換であり特別な感性と専門性が必要とされているといえます。

毎回、参加作品の中から基本的には各部門で金賞、銀賞、銅賞とそれに準ずる特別賞などが選出されますが、ファイナル審査へ残る作品(ヴァイオリン部門では十数人)がいわゆる入賞という位置付けとなります。エントリーは 2 挺まで、また 1 つの部門につき 1 挺のみ参加できます。つまり、ヴァイオリン部門とヴィオラ部門で一つずつ、ヴァイオリン部門とチェロ部門で一つずつなどが制限となります。また、エントリーする楽器は前回のトリエンナーレコンクール(3年前)以降に作られたものでなければなりません。過去の同コンクールで金メダルを受賞した人は、同じカテゴリに楽器をエントリーすることはできません。また、製作と音響の審査がなされ合計点数で評価が行われますが、合計点数だけではなくそれぞれでどれくらいのポジションに到達したかということも単純に気になるところではあります。審査が終わると基準を満たした楽器(まれに失格となるものがあるが、それらを除くほとんど全て)が一般公開されます。これらの公開展示は、クレモナのヴァイオリン博物館 (Piazza Marconi 5) で 9月26日から 10月13 日まで開催されました。ちなみに、金賞を受賞した作品は買い上げとなり(ヴァイオリンとヴィオラが16,000ユーロ、チェロが26,000ユーロ、コントラバス28,000ユーロ)、自身の元に戻ることはなくヴァイオリン博物館にその栄誉を持って永続的に展示されることになります。

過去に日本人で金賞を受賞した製作家は二人います。1982年第3回ヴァイオリン部門の園田信博さんと、2021年第16回チェロ部門の根本和音さんがその名を残しています。また、金賞を2回受賞しているのは1991年第6回でヴァイオリン、チェロ部門同時受賞のLuca Sbernini、1985年第4回のチェロと1997年第8回のヴァイオリンで受賞したPrimo Pistoni、1988年第5回と2012年第13回のコントラバスで2回受賞(当時は過去の金賞受賞者も同じ部門でのエントリーが認められていたことになります)のMarco Nolliの3人のみとなります。

今回のコンクールでの受賞者は以下の通り。

【ヴァイオリン部門】 : 金賞なし

最高得点と銀賞 Liu Zhaojun(中国)

銅賞 Milos Seyda(アルゼンチン)とRenzo Mandelli (イタリア)

【ヴィオラ部門】 :  金賞なし

最高得点と銀賞 Borja Bernabeu (スペイン/イタリア)

イタリア在住の外国出身の最優秀職人として特別賞「Fondazione Cologni dei Mestieri d’Arte」を同時受賞。

銅賞 Piotr Pielaszek (ポーランド)  

全部門共通の音響賞である 「ヴァルター・シュタウファー賞」を同時受賞。

【チェロ部門】: 金賞 Alessandro Peiretti (イタリア)

2025年のクレモナムジカ展覧会の特別スタンド設営となる「クレモナ・モンドムジカ」賞と、チェロの最優秀スクロール彫刻に贈られる「ピエロ・フェラローニ」賞を同時受賞。

銀賞 Michele Dobner (イタリア)

銅賞 Francesco Coquoz (フランス)

【コントラバス部門】 : 金賞、銀賞なし

銅賞 鈴木 徹 (日本)

銅賞 Cesare Cipriani (イタリア)

【特別賞】Paweł Kubacka (ポーランド) クレモナ市から30歳以下の最優秀賞として「シモーネ・フェルナンド・サッコーニ賞」を授与

【特別賞】Hyun-Jung Park (韓国) 「ピエランジェロ・バルツァリーニ」賞(故人):芸術性/構造品質の4つのカテゴリーのいずれかで最高得点を獲得したクレモナの製作者に授与

【特別賞】Hyun-Jung Park (韓国) 「ジョルジョ・チェ」賞(故人):ニスに関する限り最高の楽器を製作したクレモナの女性ヴァイオリン製作者に授与

【特別賞】Giacomo Rocca (イタリア)  「A.L.I.賞」 (イタリアヴァイオリン製作協会賞): イタリア文化の伝統を尊重しながら創意研究と設計力そして製作者の個性が表れている楽器に授与

【特別賞】Damiano Catesi (イタリア) ポーランド製作者協会賞 : 最高の音響得点を獲得したヴァイオリンに授与

さて、審査を終えた楽器を一堂に集めた展覧会は、なんといってもその数に圧倒されてしまいます。400点以上の楽器が博物館特別室に並ぶ様相は圧巻です。ちなみに博物館ではクレモナの歴史を作ったアマティ、ストラディヴァリ、グァルネリなど超絶の名器を常設展示するほか、現代のクレモナの製作に影響を与えた近代名器とそして過去のトリエンナーレ金賞受賞楽器が展示されています。まさにこれらの楽器との対話がなされ、比して作品を見ることができるという世界唯一のコンクール作品展示会なのです。

このような環境での展覧は意義もありたいへん楽しみではあるのですが、毎回残念に思うのは展示方法についての難点です。せっかく製作家たちがその技を極限まで表現し入魂した作品ですが、銅賞以上の楽器は華やかな照明の元に特別展示される一方で、その他あまたは会場の暗さゆえに色合いや質感が十分に伝わらずただ並んでしまっています。紹介画像は全て露出をプラスして撮影していますので明るく見えますが、全体照明は楽器本体には充分とはいえません。これは毎度のことなので、照明を増やす、照明の当て方などの対策を是非ともしていただきたいと願うばかりです。作品は実際に手に取ることができないため、表板側から見ていくしかありません。その楽器の裏板側を見たい場合は裏に回りたいのですが、展示枠(柱)が「ロ」の字、「コ」の字になっておりその外面に楽器が吊り下げられているため、反対側に吊られている楽器の表板越しに見るしかありません。スクロールなども真横から見ることが難しくなかなか立体感を感じることができません。展示方法の見直しもできるのであれば是非とも検討していただきたいところです。また、今回見づらかったのは楽器の展示順が製作家の名前のアルファベット順であったことです。前回までは審査結果の得点順であったため、その審査結果が万人に共通する評価ではないにしても、一定の見やすさ、比較のしやすさがあったように思います。同様のことを感じた人も多いことでしょう。同時に毎回作られる全展示楽器のリストと写真を掲載する立派なカナログも受賞作品を除きアルファベット順です。せめてファイナリストは前の方に掲載していただきたいものです。さらに紙面の問題はあるでしょうが、表側のみでなく最低でも裏側も合わせた画像を掲載していただくとより良い資料になるのかと思います。

反対に今回のありがたい試みとしては、製作家本人のみ係員の許可を得て楽器を展示台から取ることができ、その立ち合いがあれば私たちも手に取って見ることができるというものでした。幸い、会場でBorja Bernabeu さんとお会いでき、彼の受賞作品を実際に手に取って明るい照明の元で堪能させていただくことができました。

さて、受賞作品はもちろん素晴らしいのですが、それらのみが優れているわけではありません。製作家が高みを目指して丹精に製作した楽器なのですから、そこにこそ価値もあるといえます。会場で一つ一つ見ていくと、惹きつけられてつい立ち止まって見る作品というものがいくつもあります。その作者の名前を確認すると、「あ、〇〇か、やはりいいなあ」と再認識したり、「お、知らない作家だけれどいいなあ。覚えておこう」と思ったりとさまざまです。今回コンクール出品作品で私どもに入荷した楽器としては谷内陽子さんのチェロ、小寺秀明さんのヴァイオリンがあります。いずれも精巧かつパーソナリティーを感じる作品で全体の中でも上位の評価であったとともに音の素晴らしさは言いようもないものです。私どもにとっては自信を持ってお客様にご紹介していける最高の作品であると認識しています。

最後にトリエンナーレ国際製作コンクールとはどんなものですか?という質問に答えてくれた製作家のお話です。

・他のコンクール以上に出品期限が近づくにつれピリピリ感が増す

・出品期限が近づくと製作者同士で口数が少なくなる

・精神的にも疲労困憊になるが無事提出するとなんとも晴れやかな気分になる

・良い楽器を作れるようになるため毎回挑戦していきたいものである

・他の作家の作品を学んで常に技術の向上、スタイルを進化していくことができる

・製作家としてのモチベーションになる

・自己のスタイルを確立していくために不可欠なもの など

一人一人がさまざまなことを目標に自身のスタンスで臨んでいるのだと感じます。そして私のようなプロのディーラーにとっては、その楽器からどんなインスピレーションを感じるか、どういうパーソナリティーを感じられるかということを見ていくに尽きます。パーソナリティーを感じられないものは、まだ、真似事の域から抜け出られていないものですが、先人のスタイル(基本)(お手本)に忠実であろうとすることは重要であり、その中に将来の可能性を見極めていくことが私たちの仕事なのかもしれません。まだ発展途上のものの中に原石はあるもの。こういう機会が製作技術や文化の向上につながっていることは間違いがなく、終了と同時にまた3年後が楽しみになるというものです。

(代表取締役 杉田 直樹)